「近世物之本江戸作者部類」は、江戸時代後期の読本作者・曲亭馬琴(滝沢馬琴)が、江戸時代の戯作文学者139名についてまとめた評伝集です 。
馬琴は当代一流の作家として 、主に江戸中期から後期にかけて活躍した戯作者たちを評論し、当時の文壇や文芸事情について自身の主観を交えながら記しています 。この作品には、洒落本、読本、黄表紙、合巻など、様々なジャンルの戯作者が含まれています 。
馬琴は鋭い批評眼を持つことで知られていましたが、「近世物之本江戸作者部類」では、同時代の作者たちに対する辛辣な批評が多く含まれていたため、1834年に完成したものの、生前には出版されませんでした 。
しかし、後世になって刊行され、江戸後期の戯作文学を理解する上で欠かせない資料となっています 。
本書には100名以上の戯作者の評伝に加え、同時代の作者に対する批評が含まれており、江戸時代の出版事情における作者、版元、読者の関係性について貴重な洞察を提供しています 。
馬琴自身も多くの作品を手がけた人気作家であったことから、「近世物之本江戸作者部類」は、当時の文壇を内部から見た貴重な資料として、多くの研究者から注目されています。
歴史的背景
「近世物之本江戸作者部類」が書かれた江戸時代は、近世前期の出版が商業出版の時代であり、様式化の時代でもありました 。
江戸時代は、政治的に安定し、経済が発展したことで、都市部を中心に文化が大きく花開いた時代です。
識字率の向上も相まって、庶民の間で読書が盛んになり、様々なジャンルの文学作品が生まれました。特に、絵入りで滑稽な内容の草双紙と呼ばれる読み物が人気を博し、その中でも黄表紙や読本といった新しいジャンルの小説が登場しました。
これらの新しい文学は、それまでの支配階級のものであった文化とは異なり、庶民の生活や文化を反映したものでした。こうした背景の中で、馬琴は「近世物之本江戸作者部類」を執筆し、同時代の戯作文学者たちを独自の視点で評価しました。
用語の意味
近世物之本
「近世物之本」とは、近世に書かれた様々なジャンルの戯作本のことを指します。「物之本」は、本来「物事の起源や根拠」を意味する言葉でしたが 、転じて物語の種本、さらには物語そのものを指すようになりました 。
江戸作者部類
「江戸作者部類」とは、江戸の戯作者を種類別に分類したものを指します。当時の戯作者は、作品の内容や作風によって、以下のように分類されていました。
- 読本作者: 長編の物語を主に執筆する作者。曲亭馬琴や山東京伝などが代表的です。
- 黄表紙作者: 絵を多く用いた滑稽な短編小説を主に執筆する作者。
- 洒落本作者: 風刺やユーモアを交えた、大人の読者を対象とした小説を執筆する作者。
- 合巻作者: 読本と黄表紙の特徴を併せ持つ、絵入りの長編小説を執筆する作者。
用語が組み合わさることで持つ意味
「近世物之本」と「江戸作者部類」を組み合わせることで、「近世の戯作というジャンルの中で、江戸で活躍した作者たちを部類ごとにまとめたもの」という意味になります。
用語の使い方
「近世物之本江戸作者部類」は、江戸後期の戯作文学を研究する上で欠かせない資料として、多くの研究者によって参照されています。
例えば、特定の作者の作風や生涯を調べる際に、本書に記された馬琴の批評が参考になることがあります。馬琴は、それぞれの作者の個性や才能、作品の優劣などを詳細に分析しており、現代の研究者にとっても貴重な視点を与えてくれます 。
また、江戸時代の文壇や出版事情を知る上でも貴重な資料となっています。馬琴は、作者同士の関係性や、版元とのやり取り、読者の反応など、当時の文芸界を取り巻く状況を克明に記録しています 。
関連する用語や概念
「近世物之本江戸作者部類」に関連する用語や概念としては、以下のようなものがあります。
- 読本: 江戸時代に流行した小説の一種。馬琴は読本の作者として有名です 。
- 黄表紙: 江戸時代に流行した絵入り小説の一種。
- 合巻: 江戸時代に流行した絵入り小説の一種。読本と黄表紙の特徴を併せ持っています。読本作者と黄表紙作者が協力して制作されることもありました。
- 洒落本: 江戸時代に流行した滑稽な内容の小説。
- 草双紙: 江戸時代に庶民の間で流行した絵入り読み物。黄表紙や合巻も草双紙の一種です。
結論
「近世物之本江戸作者部類」は、曲亭馬琴が江戸時代の戯作文学者についてまとめた評伝集です。馬琴の鋭い批評や当時の文壇事情が記されており、江戸後期の戯作文学を研究する上で貴重な資料となっています。
馬琴は、それぞれの作者の作品や人物像について詳細な分析を行い、その批評は時に辛辣なものであったため、本書は馬琴の死後、長い年月を経てから出版されました。
「近世物之本江戸作者部類」は、単なる作者の評伝集ではなく、馬琴の文学観や批評眼、そして江戸時代の文芸界の全体像を理解する上で欠かせない作品と言えるでしょう。
出版情報
項目 | 内容 |
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出版社 | 岩波書店 |
判型 | 文庫判 |
ISBN | 9784003022573 |
補足
「近世物之本江戸作者部類」は、岩波書店から岩波文庫として出版されています 。本書は文庫ながら充実した内容で 、徳田武によって校注されています 。付録として山東京伝の評伝「伊波伝毛乃記」、山東京山の馬琴伝「蛙鳴秘鈔」も収録されています 。