脚気は、ビタミンB1(チアミン)の欠乏によって引き起こされる疾患です。
ビタミンB1は、炭水化物をエネルギーに変換するために必要な栄養素であり、神経系の正常な機能にも重要な役割を果たしています。 脚気という名前は、シンハラ語で「極度の衰弱」を意味する言葉に由来し、この病気が引き起こす深刻な症状を反映しています。
脚気の定義と症状
脚気は、体内のチアミンが不足することで、神経系、心血管系、消化器系などに様々な症状が現れる疾患です。 脚気には、主に心臓や循環器系に影響を与える湿性脚気と、神経系に影響を与える乾性脚気の2つのタイプがあります。
湿性脚気は、心臓の機能低下や体液の蓄積を引き起こし、重症の場合には心不全に至ることもあります。
主な症状としては、以下のものがあります。
- 動悸
- 息切れ
- 足のむくみ
- 首の静脈の突出
- 心臓肥大
- 肺水腫
乾性脚気は、神経の変性を引き起こし、筋肉の衰弱や麻痺を引き起こす可能性があります。
変性は通常、脚と腕から始まり、筋肉の萎縮や反射の消失につながる可能性があります。 乾性脚気は主に末梢神経系に影響を与えますが、中枢神経系にも影響を及ぼす可能性があります。 主な症状としては、以下のものがあります。
- 歩行困難
- 手足の感覚消失
- 下肢の筋肉機能の喪失または麻痺
- 精神錯乱
- 痛み
- 言語障害
- 眼球の異常な動き(眼振)
- チクチクする感じ
- 嘔吐
- 全身の痛み
- 協調運動の喪失
- まぶたの垂れ下がり
- 反射の低下
脚気の原因
脚気の主な原因は、チアミンが不足した食事です。
精製された白米や炭水化物を多く含む食事は、チアミンが不足しやすいため、脚気を発症するリスクが高くなります。
また、アルコール依存症、透析、慢性的な下痢、利尿薬の使用など、チアミンの吸収や代謝を阻害する要因も脚気を引き起こす可能性があります。
まれに、遺伝的な要因でチアミンの吸収能力が低下し、脚気を発症するケースもあります。
脚気の診断
脚気の診断には、病歴、身体診察、血液検査などが用いられます。
血液検査では、チアミンの血中濃度を測定します。 また、赤血球の transketolase 活性係数 (ETKA) を測定することもあります。
ETKA 活性は、ペントースリン酸経路におけるチアミンの役割を反映しており、チアミン欠乏のより感度の高い指標となる可能性があります。
脚気の治療法と予防法
脚気の治療は、チアミン欠乏を解消することが目的です。
チアミン補充療法として、チアミンの注射や内服薬が用いられます。 重症の場合には、点滴によるチアミン投与が行われます。
治療の経過は、血液検査でチアミンの吸収状況をモニタリングすることで確認されます。
脚気を予防するためには、チアミンを豊富に含む食品を摂取することが重要です。 チアミンは、以下の食品に多く含まれています。
- 豆類
- 種子
- 肉
- 魚
- 全粒穀物
- ナッツ
- 乳製品
- アスパラガス、どんぐりカボチャ、芽キャベツ、ほうれん草、ビートの葉などの特定の野菜
- チアミンが強化された朝食用シリアル
これらの食品を調理または加工すると、チアミン含有量が減少することに注意が必要です。
また、アルコールの過剰摂取はチアミンの吸収を阻害するため、アルコール摂取量を制限することも重要です。 授乳中の母親は、食事にすべてのビタミンが含まれていることを確認する必要があります。 乳児を母乳で育てていない場合は、乳児用ミルクにチアミンが含まれていることを確認してください。
年齢層 | 性別 | 1日あたりの推奨摂取量 (mg) |
---|---|---|
9-13歳 | 男 | 0.9 |
14歳以上 | 男 | 1.2 |
9-13歳 | 女 | 0.9 |
14-18歳 | 女 | 1.0 |
19歳以上 | 女 | 1.1 |
妊娠中/授乳中 | 女 | 1.4 |
1-3歳 | – | 0.5 |
4-8歳 | – | 0.6 |
0-6ヶ月 | – | 0.2 |
7-12ヶ月 | – | 0.3 |
脚気の病態
チアミンは、体内で炭水化物をエネルギーに変換する過程で重要な役割を果たす補酵素チアミンピロリン酸 (ThDP) の構成成分です。
チアミンが不足すると、この過程が阻害され、エネルギー産生が低下します。
その結果、神経系や心血管系などに障害が生じ、様々な症状が現れます。 体内のチアミンは、チアミン一リン酸 (ThMP)、チアミン二リン酸 (ThDP)、チアミントリリン酸 (ThTP) などの形態で存在します。
湿性脚気では、心臓のポンプ機能が低下し、血液の循環が悪くなります。
また、体液が血管外に漏れ出て、足のむくみや肺水腫などを引き起こします。
一方、乾性脚気は神経系に影響を及ぼします。神経細胞の機能が低下し、末梢神経障害や中枢神経障害を引き起こします。 末梢神経障害では、手足のしびれや麻痺、感覚異常などが現れます。
中枢神経障害では、ウェルニッケ脳症やコルサコフ症候群などの深刻な脳障害を引き起こす可能性があります。
脚気の合併症とリスク
脚気が重症化すると、心不全、呼吸不全、意識障害などを引き起こし、死に至ることもあります。
また、ウェルニッケ脳症やコルサコフ症候群などの脳障害は、後遺症を残す可能性があります。
ウェルニッケ脳症は、意識障害、眼球運動障害、運動失調などを特徴とする急性脳症です。
コルサコフ症候群は、記憶障害、見当識障害、作話などを特徴とする慢性脳症です。 その他にも、慢性的な痛みや不快感、運動能力の喪失、精神病エピソード、意識不明、昏睡などの合併症を引き起こす可能性があります。
脚気の歴史的背景と現代における罹患状況
脚気は、古くからアジアで知られており、「かっけ」と呼ばれていました。
17世紀には、ジャワ島のヤコブス・ボンティウスなど、西洋の医師によってこの病気の記述が残されています。
19世紀後半には、白米を主食とする地域で脚気が多発し、深刻な社会問題となりました。
1886年には、インドネシアのアチェで菅谷とコルネリッセンによる脚気に関する研究が行われ、脚気菌の存在が示唆されました。 この研究は、その後の脚気に対する理解を深める上で重要な役割を果たしました。
その後、ビタミンの発見により脚気の原因が解明され、食生活の改善やビタミンの強化などにより、先進国では脚気はまれな疾患となりました。
しかし、現在でも発展途上国やアルコール依存症患者など、栄養状態の悪い人々においては脚気が発生することがあります。
特に、白米を主食とする移民や難民キャンプでは、脚気が深刻な問題となる可能性があります。
また、近年では、胃腸の手術や透析を受けている患者、妊娠中の女性など、特定の状況下で脚気を発症するリスクが高まることが知られています。
江戸時代における脚気
江戸時代、脚気は「江戸わずらい」と呼ばれるほど、都市部で流行しました。
特に江戸(現在の東京)の住民の間で蔓延しました。 当時の浮世絵には、脚気で車椅子に乗った男性の姿が描かれています。
イギリス人探検家イザベラ・バードは、1880年の著書『Unbeaten Tracks in Japan』の中で、脚気の症状について、「初期症状は脚の筋力低下、『膝の緩み』、ふくらはぎの痙攣、腫れ、しびれである」と述べています。
さらに、「慢性的な脚気は、ゆっくりと体を麻痺させ、衰弱させる病気であり、放置すれば6ヶ月から3年で麻痺と疲労により死に至る」と記しています。
脚気は、白米を主食とする食生活の広まりが原因でした。 白米は精米の過程で、ビタミンB1を含む糠層が取り除かれてしまいます。
ビタミンB1は炭水化物の代謝や神経機能の維持に不可欠な栄養素であるため、白米中心の食生活ではビタミンB1が不足し、脚気を発症しやすくなりました。
当時の農村部では、雑穀や玄米を食べていたため、脚気はあまり見られませんでした。
江戸時代の医師たちは、脚気は湿気や不衛生な環境が原因だと考えていました。
ある医師は、武士に漢方薬と断食療法を施しましたが、数ヶ月で死亡しました。
また、灸を据えて気と血行を刺激する治療法もありました。
18世紀初頭の医師、香月牛山は、江戸の土壌や水が原因だと考え、武士が江戸に来て脚気になるという説を唱えました。
脚気は、明治時代に入っても深刻な問題として残り、特に軍隊で多くの兵士が脚気で命を落としました。
日露戦争では、戦死者が4万7000人だったのに対し、脚気による死者は2万7000人にものぼりました。
海軍軍医の高木兼寛は、脚気の原因が白米中心の食生活にあることを突き止め、食事に麦や豆類を取り入れることで脚気を予防できることを示しました。
江戸時代の脚気は、食生活の変化がもたらした病気であり、当時の医学では原因を特定することができませんでした。 しかし、脚気の流行は、栄養学や公衆衛生の発展に大きく貢献することになりました。
結論
脚気は、ビタミンB1の欠乏によって引き起こされる疾患であり、神経系や心血管系などに様々な症状が現れます。
脚気を予防するためには、バランスの取れた食生活を心がけ、チアミンを豊富に含む食品を摂取することが重要です。
また、アルコールの過剰摂取はチアミンの吸収を阻害するため、アルコール摂取量を制限することも大切です。脚気の症状が現れた場合には、早めに医療機関を受診し、適切な治療を受けるようにしましょう。
脚気の早期診断と治療は、心不全や脳損傷などの不可逆的な合併症を防ぐために不可欠です。 発展途上国では、依然として脚気が重要な公衆衛生上の問題となっており、食料の強化や公衆衛生イニシアチブを通じてこの病気を撲滅するための取り組みが続けられています。