近年、宇宙探査において注目を集めている技術の一つに、サンプルリターン計画があります。
これは、地球以外の天体から物質を採取し、地球に持ち帰る計画です。惑星や小惑星の形成過程や生命の起源などを解明する上で、地球外の物質は貴重な手がかりとなります。
サンプルリターン計画の概要、種類、目的、歴史、そして将来展望について詳しく解説していきます。
サンプルリターン計画とは
サンプルリターン計画とは、探査機を用いて地球以外の天体からサンプル(試料)を採取し、地球に持ち帰る計画です。
サンプルは、岩石や土壌といった複合化合物の堆積物だけでなく、原子や分子レベルの物質まで、様々な形態で採取されます。
これらのサンプルを地球の研究室で詳細に分析することにより、太陽系の起源や進化、地球外生命の可能性など、宇宙の謎に迫ることが期待されています。
サンプルリターン計画は、地球外生命体が地球に生じる生物汚染を引き起こす可能性も孕んでいます 。そのため、サンプル採取から地球への持ち帰り、そして分析に至るまで、厳重な管理体制が求められます。
サンプルリターン計画の種類と目的
主な種類としては、月探査、小惑星探査、火星探査、彗星探査などがあります 。それぞれの計画の目的は、以下の通りです。
- 月探査: 月の起源と進化、月の資源探査、将来の月面基地建設に向けた調査など。
- 小惑星探査: 小惑星の組成や起源の解明、太陽系の形成過程の解明、地球への天体衝突の危険性評価など。
- 火星探査: 火星の地質や大気の調査、過去の生命活動の痕跡探査、将来の火星有人探査に向けた準備など。国際協働による火星サンプルリターンが計画されており、日本もその一翼を担うことが期待されています 。
- 彗星探査: 彗星の組成や起源の解明、太陽系の形成過程の解明、生命の起源に関する研究など。
これまでに行われたサンプルリターン計画の例
これまでに行われた代表的なサンプルリターン計画としては、以下のようなものがあります。
- アポロ計画: 1969年から1972年にかけて実施された、アメリカによる有人月探査計画 。
6回の月面着陸で、合計約382kgの月の岩石や土壌を地球に持ち帰りました。 - ルナ計画: 1970年から1976年にかけて実施された、ソ連による無人月探査計画 。
3回の月面着陸で、合計約326gの月の土壌を地球に持ち帰りました。 - ジェネシス: 2001年に打ち上げられた、NASAによる太陽風サンプルリターン計画。
2004年に地球に帰還し、太陽風の粒子を採取することに成功しました 。 - スターダスト: 1999年に打ち上げられた、NASAによる彗星探査機 。2004年にヴィルト第2彗星のコマから噴出した粒子を収集し、2006年に地球へ持ち帰りました。
- はやぶさ: 2003年に打ち上げられた、JAXAによる小惑星探査機。
2010年に小惑星イトカワから微粒子を持ち帰ることに成功しました。世界で初めて小惑星からのサンプルリターンを達成しました。 - はやぶさ2: 2014年に打ち上げられた、JAXAによる小惑星探査機。
2020年に小惑星リュウグウから5.4gのサンプルを持ち帰ることに成功しました。
現在進行中または計画中のサンプルリターン計画
過去のサンプルリターン計画の成功を基に、現在、世界では複数のサンプルリターン計画が進行中または計画中です。
- 火星サンプルリターン計画 (MSR)
NASAとESAが共同で進めている計画 。
NASAの探査車パーサヴィアランスが火星で採取したサンプルを、ESAの地球帰還周回機で地球に持ち帰る計画です。
この計画では、火星からの最初の打ち上げが予定されており 、宇宙探査における大きな一歩となることが期待されています。
当初は2028年の打ち上げを目指していましたが 、計画の見直しにより、現在は早くとも2031年以降の打ち上げとなる見込みです。
また、当初の費用は約60億ドルと見積もられていましたが 、最新の見積もりでは110億ドルに増加しており 、費用削減に向けた取り組みが進められています。
パーサヴィアランスは多様な環境からサンプルを採取しており、中国のTianwen-3よりもMSR計画の潜在的な価値を高めている可能性があります。 - 火星衛星探査計画 (MMX)
JAXAが計画している、火星の衛星フォボスからのサンプルリターン計画。
火星衛星の起源を解明し、火星形成過程の理解を深めることを目的としています。
具体的には、火星衛星の起源として有力な(A) 原始的小惑星の捕獲説と(B) 巨大衝突時に形成する円盤からの集積説のどちらが正しいのかを、周回観測とサンプル分析から明らかにすることを目指しています。
さらに、火星圏環境史を解読することも目的の一つです。火星衛星には、衝突現象に伴い火星表層から飛来する物質や火星から流出する大気粒子が長期間にわたって蓄積されていると考えられており、それら火星物質をサンプル中に見出して分析することで、火星表層環境の進化を読み解くことが期待されています 。フォボスは火星に近い軌道を周回しているため、火星地表に小惑星が衝突した際に飛び散った破片がフォボスに降り積もっている可能性があります 。うまくいけばフォボスのサンプルだけでなく、火星地表のサンプルも同時に手に入るかもしれません。2024年度の打ち上げを目指して開発が進められています。 - 嫦娥5号
中国が2020年に打ち上げた月探査機。
月の土壌サンプルを地球に持ち帰ることに成功しました。 - 嫦娥6号
中国が計画している月探査機。
2024年に月の裏側からのサンプルリターンを実施する予定です 。世界初の月の裏側からのサンプルリターンとなります - Tianwen-3: 中国が計画している火星サンプルリターン計画 。2028年の打ち上げを目指しています。
サンプルリターン計画の将来展望と課題
サンプルリターン計画は、今後も様々な天体を対象として計画・実施されていくことが予想されます。
将来の探査対象としては、火星、木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンケラドゥスなどが挙げられます。これらの天体には、生命が存在する可能性があると期待されています。
サンプルリターン計画には、技術的な課題も多く存在します。
例えば、サンプルを採取する技術、サンプルを地球に安全に持ち帰る技術、地球外物質による汚染を防ぐための対策などが必要です。
また、サンプルのキュレーション、つまり地球に持ち帰ったサンプルを適切に保管・管理し、分析に供するための技術も重要です。
さらに、探査対象となる天体の表面状態が未知である場合、探査機の設計やサンプル採取方法に工夫が必要となることもあります。
例えば、小惑星探査機「はやぶさ」の場合、小惑星イトカワの表面状態が事前に分からなかったため、サンプル採取に特殊な方法が用いられました。
サンプルリターン計画は、将来の本格的な惑星探査に向けた技術実証としても重要な役割を担っています。
サンプルリターンに必要な技術は、惑星探査に必要な技術と共通する部分が多く、サンプルリターン計画を通じて得られた知見は、将来の惑星探査に役立てられます。
これらの課題を克服することで、サンプルリターン計画はさらに発展していくと考えられます。
また、将来的な展望として、小惑星探査で得られた技術や知見を応用した小惑星鉱業の可能性も期待されています。
サンプルリターン計画の意義
サンプルリターン計画は、宇宙探査において非常に重要な役割を担っています。地球外の物質を直接分析することで、以下のような成果が期待されます。
- 太陽系の起源と進化の解明
隕石などの地球外物質は、太陽系初期の状態を保っていると考えられています 。これらの物質を分析することで、太陽系がどのように形成され、進化してきたのかを解明することができます。 - 地球外生命の探査
火星やエウロパなど、生命が存在する可能性のある天体からサンプルを持ち帰ることで、地球外生命の痕跡を探すことができます。 - 地球の未来予測: 地球外物質を研究することで、地球の環境変動や資源問題など、地球の未来に関する重要な知見を得ることができます。
今後も様々な天体を対象としたサンプルリターン計画が実施されることで、人類の宇宙に対する理解はさらに深まっていくことでしょう。
そして、サンプルリターン計画で得られた知見は、将来の宇宙探査や人類の宇宙進出に大きく貢献していくと考えられます。