磁性体とは、物質が磁場に対してどのように反応するかを示す性質であり、強磁性体、常磁性体、反磁性体の3種類に大別されます。
このうち、強磁性体は磁石に強く引き寄せられる性質を持つため、ハードディスクや磁気テープなどの磁気記憶装置に広く利用されています 。一方、常磁性体は磁石にわずかに引き寄せられるものの、強磁性体ほど強くはありません。反磁性体は磁石に反発する性質を持つ物質です。
近年、強磁性体とも常磁性体とも異なる新しいタイプの磁性体、「第3の磁性体」が注目を集めています。
この第3の磁性体は、交代磁性体(Altermagnet)とも呼ばれ、強磁性体と反強磁性体の両方の特性を併せ持つことから、次世代の磁気デバイスへの応用が期待されています。
本稿では、まず磁性体の種類について概説し、強磁性体と常磁性体の違いを明確にします。次に、第3の磁性体である交代磁性体の定義、特性、具体的な例、応用例、研究の現状と将来展望について詳しく解説します。
磁性体の種類
物質の磁気的性質は、原子内の電子のスピンと呼ばれる性質に由来します。スピンとは、電子が持つ角運動量の一種であり、微小な磁石のような性質を持っています。物質中の電子のスピンの向きが揃うと、物質全体が磁化され、磁石としての性質を示すようになります。
磁性体は、外部磁場に対する反応の仕方によって、大きく3つの種類に分けられます。
- 強磁性体
外部磁場をかけると、磁場と同じ方向に強く磁化され、磁場を取り去っても磁化が残る物質です。鉄、コバルト、ニッケルなどが代表的な強磁性体です。 - 常磁性体
外部磁場をかけると、磁場と同じ方向にわずかに磁化されますが、磁場を取り去ると磁化は消失します。アルミニウム、酸素、白金などが常磁性体です。 - 反磁性体
外部磁場をかけると、磁場と反対方向にわずかに磁化されます。水、金、銀、銅などが反磁性体です。
強磁性体と常磁性体の違い
強磁性体と常磁性体の最も大きな違いは、外部磁場を取り去った後の磁化の有無です。
強磁性体は磁場を取り去っても磁化が残りますが、常磁性体は磁化が消失します
これは、強磁性体では電子スピン間に強い相互作用が働き、スピンが同じ方向に揃おうとするのに対し、常磁性体ではスピン間の相互作用が弱く、熱運動によってスピンの向きがバラバラになるためです。
第3の磁性体とは
第3の磁性体、すなわち交代磁性体は、2020年代に理論的に提案された新しいタイプの磁性体です。
交代磁性体は、反強磁性体のように隣り合う原子のスピンが反対方向を向いていますが、特殊な対称性を持つ原子配列とスピン配列を併せ持つことで、強磁性体のような性質も示します。
交代磁性体は、以下のような特徴を持ちます。
- 漏れ磁場がない
強磁性体とは異なり、外部に漏れ磁場が発生しないため、磁気記憶素子をより高密度に集積することができます。 - 応答速度が速い
強磁性体よりも応答速度が100倍以上速いため、高速な情報処理が可能です。 - 磁気的な外乱に強い
外部の磁場の影響を受けにくいため、安定した動作が期待できます。
これらの特徴から、交代磁性体は次世代の超高密度・超高速な情報媒体としての活用が期待されています。
第3の磁性体の具体的な例
交代磁性体として、現在までにいくつかの物質が報告されています。その代表例としては、硫化鉄(FeS) や 酸化ルテニウム(RuO<sub>2</sub>) などが挙げられます。
FeSは、室温で動作可能な交代磁性体であることが実験的に確認されています 。また、外部磁場のない状態で情報が不揮発に保持されること、さらに2つのスピン状態を電気的に読み出すことが可能であることも実証されています。
RuO<sub>2</sub>は、従来は通常の金属と考えられていましたが、最近の研究により交代磁性を持つ可能性が示唆されています 。
特に、酸化ルテニウムはスピンの向きが互い違いに反対である反強磁性体でありながら、強磁性体の特徴も併せ持つ「交代磁性」という性質を持つと予想されています。
MnTeでは、隣り合う原子のスピンは反対方向を向いていますが、空間反転対称性ではなく、6回回転対称性によってスピンが配置されています。 一方、RuO<sub>2</sub>では、4回回転対称性によってスピンが配置されています。
Altermagnet(アルターマグネット)
交代磁性体は、英語では Altermagnet と呼ばれます 。Altermagnet は、強磁性体とも反強磁性体とも異なる新しいタイプの磁性体であり、「第3の磁性体」としての活用が期待されています。
Altermagnetは、理想的な結晶中の持続的な磁気状態の一種です。 Altermagnet構造は、collinearで結晶対称性によって補償されているため、正味の磁化はゼロになります。 通常のcollinearな反強磁性体とは異なり、Altermagnetの電子バンドはクラマース縮退しておらず、スピンに依存した方法で波数ベクトルに依存します。
Altermagnet は、反強磁性体のように隣り合う原子のスピンが反対方向を向いていますが、スピン配列を回転させても同じに見えるというユニークな性質を持っています 。 特殊な原子配列のおかげで、↑↓と↓↑のスピン状態が平行移動しても一致しないため、両者を区別して読み出すことが可能です。
Altermagnet の種類と特性
Altermagnet は、その結晶構造や対称性によって、いくつかの種類に分けられます。
例えば、強磁性体と同じ対称性を持つもの(タイプ1)、磁気多極子となるもの(タイプ2)、その他のもの(タイプ3)などがあります。
Altermagnet は、反強磁性体と比べて電子の動きがより活発であり 、外部磁場を持たない点も利点です。これにより、磁気デバイス同士の干渉を減らし、高密度化や高速化が期待できます。 また、Altermagnetはスピン分裂バンド構造という特徴的な電子構造を持ちます。
Altermagnetは、異常ホール効果を示すことも重要な特性です。 異常ホール効果とは、磁性体の磁気秩序に起因して、電圧をかけた方向と垂直方向に電流が誘起される現象です。 交代磁性体の場合には、外部磁場や磁化がゼロの状況であっても、物質内部の仮想磁場を通じてホール効果が生じるという特徴があります。
特性 | Altermagnet | 強磁性体 | 常磁性体 |
---|---|---|---|
スピン配列 | 反平行 | 平行 | 無秩序 |
磁化 | ゼロ | 有限 | ゼロ |
漏れ磁場 | なし | あり | なし |
応答速度 | 高速 | 低速 | 中速 |
磁気的外乱耐性 | 高い | 低い | 高い |
第3の磁性体の応用例
交代磁性体の特性を生かした応用例としては、以下のようなものが考えられます。
- ハードディスクドライブ(HDD)の高密度化
漏れ磁場がないため、磁気記憶素子をより高密度に集積することができます 。これにより、従来のHDDよりも大幅に記憶容量を増やすことが可能になります。 - 磁気コンピューター
高速な応答速度と磁気的外乱耐性を生かした、新しいタイプのコンピューターの開発が期待されます。
電流の代わりに磁気スピンを利用して測定や計算を実行する磁気コンピューターは、従来のコンピューターよりも高速かつ省電力になる可能性を秘めています。 - スピントロニクスデバイス
電子のスピンを利用した新しい電子デバイスへの応用が期待されます。
例えば、スピンを利用したトランジスタやメモリなど、従来の電子デバイスよりも高速で省電力なデバイスの開発が期待されます。 - 量子コンピューター
交代磁性体は、量子コンピューターへの応用も期待されています。
量子コンピューターは、量子力学の原理を利用して計算を行う新しいタイプのコンピューターであり、従来のコンピューターでは解くことができないような複雑な問題を解くことができると期待されています。
第3の磁性体の研究の現状と将来展望
交代磁性体は、近年になって理論的に提案された新しい概念であり 、まだ研究が始まったばかりの分野です。
そのため、具体的な物質の探索や特性の解明、デバイスへの応用など、多くの課題が残されています。
特に、新しい材料の探索とその特性の解明が重要です。
しかし、交代磁性体は、従来の磁性体にはない優れた特性を持つことから、次世代の磁気デバイス材料として大きな期待が寄せられています。
今後、研究が進展することで、超高密度・超高速な情報処理や省エネルギーな電子デバイスの実現に貢献することが期待されます。
関連する用語や概念
- 反強磁性体
隣り合う原子のスピンが反対方向を向いており、全体として磁化を持たない物質です 。
酸化マンガン(MnO)や酸化ニッケル(NiO)などが代表的な反強磁性体です。
ネール温度に達すると常磁性に転移します。 - フェリ磁性体
隣り合う原子のスピンが反対方向を向いていますが、スピンの大きさが異なるため、全体として磁化を持つ物質です。
フェライトと呼ばれる酸化鉄が代表的なフェリ磁性体です。 - スピントロニクス
電子のスピンを利用したエレクトロニクス分野です。
巨大磁気抵抗効果を利用したハードディスクドライブのヘッドなどが、スピントロニクスの代表的な応用例です。 - 結晶ホール効果
磁性体の磁気秩序に起因して、電圧をかけた方向と垂直方向に電流が誘起される現象です。 - 時間反転対称性の破れ
物理法則が時間反転に対して対称性を失うことです。
交代磁性体は、時間反転対称性が破れた反強磁性体として捉えることができます。 - Andreev reflection: 交代磁性体と超伝導体の界面における現象です。
結論
本稿では、「第3の磁性体」である交代磁性体について、その定義、特性、具体的な例、応用例、研究の現状と将来展望などを詳しく解説しました。交代磁性体は、強磁性体とも常磁性体とも異なる新しいタイプの磁性体であり、次世代の磁気デバイスへの応用が期待されています。
交代磁性体は、従来の磁性体材料が抱える問題を解決する可能性を秘めています。例えば、強磁性体材料は、磁気記憶素子の高密度化を阻む漏れ磁場や、情報処理速度を制限する低い応答速度、外部磁場の影響を受けやすいという問題を抱えています。交代磁性体は、これらの問題を克服できる可能性があり、HDDの高密度化、磁気コンピューター、スピントロニクスデバイス、量子コンピューターなど、様々な分野への応用が期待されています。
しかし、交代磁性体の研究は始まったばかりであり、実用化に向けては多くの課題が残されています。例えば、室温で安定して動作する交代磁性体の開発、材料の大量生産技術の確立、デバイスへの応用技術の開発などが必要です。
今後、交代磁性体の研究がさらに進展することで、情報処理技術やエレクトロニクス分野に大きな革新をもたらすことが期待されます。