近年、高齢化社会の進展に伴い、「フレイル」という言葉を耳にする機会が増えてきました。
フレイルとは、様々な要因で心身の活力が低下し、健康障害を起こしやすくなった状態を指します。
人は誰でも年齢を重ねるとともに、身体機能や認知機能が低下していきます。
加齢による変化は自然なものである一方、生活機能の低下や健康問題のリスクを高める可能性も孕んでいます。
フレイルは、まさにこの健康な状態と要介護状態の中間にある状態であり、 適切な介入と支援によって、生活機能の維持向上を図ることが可能な状態像です。

そして、このフレイルに向かう途中の段階をフレイル兆候と呼びます。 フレイル兆候は、健康な状態からフレイルへと移行する過程であり、 早期に発見し、適切な対策を講じることで、健康な状態に戻れる可能性を秘めています。 

フレイル兆候の定義

フレイル兆候とは、加齢に伴う心身の衰えにより、様々な健康問題のリスクが高まった状態です。
身体の予備能力が低下し、ストレスに対する脆弱性が増加することで、 感染症、転倒、骨折、入院、要介護などに陥りやすくなります。

具体的には、疲れやすさ、歩行速度の低下、筋力低下、活動量の低下、体重減少といった兆候が見られます。
これらの兆候は、単独で現れることもあれば、複数組み合わさって現れることもあります。
重要なのは、フレイル兆候は、まだ健康な状態と要介護状態の中間にあるということです。 適切なケアと対応によって、この状態から回復し、健康な状態を維持することが期待できます。 

フレイル兆候の段階であるプレフレイルは、フレイルの前段階であり、 健康な状態とフレイル状態の間に位置します。
プレフレイルの状態では、身体的フレイル、精神・心理的フレイル、社会的フレイルのいずれか、あるいは複数の兆候が見られるようになり、 生活機能の低下や健康問題のリスクが高まります。

しかし、プレフレイルは可逆的な状態であり、適切な介入によって健康な状態に戻ることが可能です。

フレイル兆候の症状

フレイル兆候には、以下のような具体的な症状が見られます。

  • 食事を楽しめない
    加齢による嚥下能力や唾液分泌能力の低下、食欲減退などにより、食事がおいしく感じられなくなったり、食べづらくなったりすることがあります。

  • 疲れやすい
    身体機能の低下だけでなく、精神的な衰えも伴い、慢性的な疲労感を感じやすくなります。 

  • 体重減少
    意図しない体重減少は、フレイルの重要な兆候の一つです。 特に、体重減少はフレイルの後期段階で顕著になる傾向があります。 

  • 意欲の低下
    何をするのも面倒に感じ、外出や人との交流を避けるようになることがあります。 

  • 身体機能の低下:筋力や持久力の低下、歩行速度の低下、バランス能力の低下などが起こります。 握力が弱くなり、ペットボトルの蓋が開けづらくなる、横断歩道を青信号の間に渡り切ることが難しくなるといった変化が現れます。

これらの症状は、日常生活に支障をきたすだけでなく、転倒や骨折、感染症などのリスクを高める可能性があります。
また、フレイル兆候は、糖尿病、慢性閉塞性肺疾患、脳卒中、認知症、多発性硬化症などの慢性疾患と関連していることも指摘されています。

フレイル兆候と関連する用語との違い

フレイル兆候と関連性の高い用語として、フレイルサルコペニアロコモティブシンドローム(ロコモ) が挙げられます。これらの用語はそれぞれ異なる概念であり、以下のように区別されます。

  • フレイル
    加齢に伴い、身体的、精神・心理的、社会的な虚弱が生じた状態。 フレイル兆候がさらに進行した状態といえます。 様々なストレス要因に対して脆弱になり、健康障害のリスクが高まった状態です。

  • サルコペニア
    加齢や疾患などにより、筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下した状態。 サルコペニアは、フレイルの身体的側面の一つとして捉えられます。

  • ロコモティブシンドローム(ロコモ)
    運動器の障害により、移動機能が低下した状態。 ロコモは、骨、関節、筋肉などの運動器の衰えが原因で起こり、 立つ、歩くといった動作が困難になります。 ロコモは、フレイルを招く要因の一つとなります。

フレイルは、サルコペニアやロコモを含む、より広範な概念です。
サルコペニアは、フレイルの身体的側面の一つであり、 ロコモは、フレイルを引き起こす原因の一つとなります。
これらの状態は相互に関連し合い、悪循環を引き起こす可能性があります。
例えば、サルコペニアによって筋力が低下すると、歩行が不安定になり、転倒のリスクが高まります。転倒によって骨折などをすると、さらに活動量が減少し、フレイルが進行してしまう可能性があります。 

フレイル兆候の予防と改善

フレイル兆候の予防と改善には、以下の3つの要素が重要です。 フレイルは、生活習慣病と同様に、予防可能な状態です。
積極的に健康的なライフスタイルを送り、フレイルのリスクを減らすことが重要です。

  • 栄養
    バランスの取れた食事を摂り、特にタンパク質を十分に摂取することが大切です。
    高齢期に不足しがちなタンパク質は、意識して摂取する必要があります。 肉、魚、卵、大豆製品、乳製品など、良質なタンパク質を含む食品を積極的に食べましょう。
    また、ビタミンやミネラルも不足しないよう、様々な食品をバランスよく摂取することが重要です。

  • 運動
    適度な運動は、筋力や持久力の維持・向上に役立ちます。 ウォーキングや軽い筋トレなど、無理のない範囲で継続することが重要です。
    運動不足は、筋力低下を招き、フレイルのリスクを高めるため、 日常生活の中で体を動かすことを意識しましょう。家事やガーデニングなども、立派な運動になります。

  • 社会参加
    社会とのつながりを維持することは、精神的な健康を保ち、フレイル予防に役立ちます。
    地域活動やボランティアなど、積極的に社会に参加する機会を持つことが大切です。 人との交流は、認知機能の維持にも役立ちます。 趣味のサークルやボランティア活動など、自分に合った社会参加の方法を見つけましょう。

これらの要素に加えて、以下の点にも注意することが大切です。

  • 口腔ケア
    口腔機能の低下は、低栄養やフレイルの進行に繋がる可能性があります。
    毎日の歯磨きや定期的な歯科検診など、口腔ケアをしっかり行いましょう。

  • 視力・聴力など感覚器のケア
    視力や聴力の低下は、日常生活の活動性を低下させ、社会的な孤立を招く可能性があります。 適切なメガネや補聴器を使用するなど、感覚器のケアも大切です。

  • 持病の管理
    持病がある場合は、適切な治療を受けることが重要です。 持病のコントロールがうまくいかないと、フレイルのリスクが高まる可能性があります。

  • 感染症の予防
    感染症は、フレイルを悪化させる要因となります。 手洗い、うがい、ワクチン接種など、感染症予防を心がけましょう。

フレイル兆候に関する最新の研究

最近の研究では、フレイル兆候と様々な要因との関連性が明らかになってきています。

  • フレイル兆候と口腔機能
    フレイル兆候と口腔機能の関連性が注目されています。 口腔機能の低下は、低栄養やフレイルの進行に繋がる可能性があるため、口腔ケアの重要性が高まっています。

  • フレイル兆候と社会的なつながり
    ソーシャルメディアの利用とフレイルとの関連性を調査した研究では、ソーシャルメディアへの積極的な参加は、社会的なつながりを強化し、フレイルのリスクを低減する可能性が示唆されています。

  • フレイル兆候と運動
    様々な種類の運動介入が、転倒リスクの減少に効果的であることが示されています。 特に、インタラクティブな運動介入は、従来のリハビリテーションプログラムよりも転倒リスクを大幅に減少させる可能性があります。

  • フレイル兆候とボランティア活動
    高齢者のボランティア活動は、孤独感を軽減し、健康寿命を延伸する可能性が示唆されています。

  • フレイル兆候とインターネット利用
    フレイル、サルコペニア、ロコモティブシンドロームのうち、サルコペニアはインターネットの利用と最も強い関連性があることが示されています。
    これは、インターネットの利用が、高齢者の社会参加を促進し、フレイル予防に役立つ可能性を示唆しています。

また、高齢者専門大学病院における大規模な研究では、フレイルの有病率が一般地域住民よりも高いことが明らかになりました。 この研究では、高齢者専門大学病院に入院した1039例の高齢者を対象に、フレイルの有病率を調査した結果、16.6%が高齢者フレイルと診断されました。
これは、一般地域住民を対象とした過去の研究における有病率(7.4%)よりも高い数値です。
さらに、フレイル患者は胃もたれ症状で困っていることも分かりました。 これらの研究結果は、高齢者医療におけるフレイル対策の重要性を示唆しています。

Flinders University の研究では、40歳から75歳までの地域在住の成人におけるプレフレイルとフレイルについて調査が行われました。
この研究では、656人のボランティア(67%が女性)を対象に、プレフレイルとフレイルの有病率、リスク要因、予防策などが分析されました。その結果、プレフレイルは40歳代から始まり、加齢とともに増加することが明らかになりました。
また、運動不足、不均衡な食生活、睡眠不足などが、プレフレイルのリスク要因として挙げられています。

フレイル兆候を診断するための基準と検査方法

フレイル兆候の診断には、日本版CHS基準(J-CHS基準) が広く用いられています。 これは、以下の5つの項目で評価するものです。

基準 説明
体重減少 意図しない年間4.5kgまたは5%以上の体重減少
疲労感 何をするのも面倒だと週に3-4日以上感じる
歩行速度の低下 決められた距離(例:4メートル)を歩く速度が低下している
握力の低下 握力が、年齢や性別、体格に応じた基準値よりも低い
身体活動量の低下 日常生活における身体活動量が低下している

これらの項目のうち、3つ以上に該当する場合をフレイル、1~2つに該当する場合をプレフレイル(フレイルの前段階)と判定します。

J-CHS基準以外にも、基本チェックリストフレイル健診 などの質問票を用いた評価方法があります。
これらの質問票は、日常生活動作、運動機能、栄養状態、口腔機能、認知機能、社会参加など、多岐にわたる項目からフレイルのリスクを評価します。

また、指輪っかテストイレブンチェック といった簡便な方法で、フレイル兆候のリスクを自己チェックすることも可能です。
指輪っかテストでは、両手の親指と人差し指で輪を作り、ふくらはぎの一番太い部分を囲んでみます。
指とふくらはぎの間に隙間ができる場合は、サルコペニアの危険性が高いと判断されます。
イレブンチェックは、栄養、口腔、運動、社会性・こころの4つの側面から、11の質問に答えることでフレイル度を評価します。

フレイル兆候の有病率と社会的な影響

フレイル兆候の有病率は、年齢とともに増加し、男性よりも女性に多い傾向があります。
65歳以上の高齢者では、5%から17%がフレイルであると報告されています。 フレイルは、要介護状態の主要な要因の一つであり、 医療費の増加や介護負担の増大など、社会的な影響も大きい問題です。

フレイルは、健康寿命の延伸を阻む大きな要因の一つです。
フレイルの状態になると、要介護状態に進行するリスクが高まり、 日常生活の自立度が低下し、生活の質が低下する可能性があります。
また、フレイルは、医療費の増加にもつながります。 高齢化が進む日本では、フレイル予防は喫緊の課題といえます。

まとめ

フレイル兆候は、高齢者の健康寿命を脅かす重要なリスク要因です。
しかし、早期に発見し、適切な対策を講じることで、健康な状態を取り戻せる可能性があります。
栄養、運動、社会参加の3つの柱を意識した生活習慣を心がけ、フレイル予防に取り組みましょう。

具体的には、バランスの取れた食事、適度な運動、社会との交流を心がけることが重要です。
また、口腔ケアや感覚器のケア、持病の管理、感染症の予防にも気を配りましょう。

フレイル兆候は、決して他人事ではありません。高齢者自身だけでなく、家族や周囲の人々もフレイル兆候について理解し、高齢者の健康寿命延伸をサポートしていくことが大切です。

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