「忘八(ぼうはち)」とは、江戸時代に遊郭に出入りする男性や遊女屋の主人を指して使われた言葉です。
人として重んじるべき八つの徳目「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」を忘れ去った者という意味から来ており、遊女と遊ぶために金銭を湯水のように使い、家庭や社会的な責任を顧みない男性は「忘八」と呼ばれて蔑まれました。
この言葉には、享楽を追い求める一方で儒教的な道徳を軽視するという、人間行動と社会の期待における矛盾が反映されています。
忘八の由来と歴史的背景
八つの徳目
「忘八」の語源は、儒教の教えに基づく八つの徳目「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」にあります。 これらの徳目は、人間としてのあるべき姿を説いたものであり、江戸時代の人々の道徳的な規範となっていました。
江戸時代の社会と忘八
江戸時代は儒教の影響を強く受けた社会であり、身分制度や家父長制が確立していました。
そのような社会において、遊郭は男性にとって、厳しい社会規範や日々の生活から解放される、一種の非日常的な空間でした。
遊郭では、様々な身分の男性が遊女と酒を酌み交わし、歌や踊りを楽しみ、現実の束縛から逃れることができたのです。
遊郭に足繁く通う「忘八」と呼ばれる男性たちは、単なる遊び人ではなく、遊郭で贅沢な宴会を開き、食事や酒、娯楽を思い切り堪能することで「粋」を表現していました。
当時の遊郭では、手の込んだ料理や高価な酒が用意され、音楽や踊りといった娯楽も提供されていました。
しかし、このような享楽的な生活は、儒教的な価値観から見ると、社会的な責任を放棄し、道徳を逸脱した行為とみなされました。
忘八の用例
「忘八」という言葉は、主に遊郭に出入りする男性や遊女屋の主人を指す言葉として使われていました。
例えば、泉鏡花の『湯島詣』には、「忘八(バウハチ)の亭主、待合の女房といへども」 という表現が登場します。
時代劇や文学作品では、遊郭で豪遊する男性を「忘八」と呼ぶ場面が見られます。
また、「忘八」は遊女屋の主人を指す蔑称としても使われました。 彼らは、金儲けのために女性を搾取する存在として、社会的に低い評価を受けていたのです。
類似表現・反対の意味を持つ表現
「忘八」に類似した表現としては、「轡屋(くつわや)」 が挙げられます。
これは、遊女を馬に、遊女屋の主人を馬を御する轡に例えた表現です。 また、「亡八」 や「わんば」 という言葉も、「忘八」と同じ意味で使われることがあります。
一方、「忘八」の反対の意味を持つ表現として、直接的な対義語は存在しないものの、「忘己利他(もうこりた)」 の概念が挙げられます。これは、自分のことを忘れて他人の利益を優先するという意味であり、「忘八」のように己の快楽のみを追求する姿勢とは対照的です。
忘八という言葉を使う際の注意点
「忘八」という言葉は、遊郭や遊女にまつわる蔑称を含むため、現代において使用する場合には注意が必要です。 特に、女性に対してこの言葉を使うことは、大変失礼にあたります。 歴史的な文脈を理解した上で、適切な場面で使うように心がけましょう。
考文献
- 加地伸行『儒教とは何か』中公新書、1990年10月
結論
「忘八」という言葉は、江戸時代の遊郭文化と社会の道徳観を反映した言葉です。
当時の人々の価値観や生活様式を知る上で重要な手がかりとなります。
「忘八」は、儒教の八つの徳目を忘れ去った者を指す言葉として、遊郭に出入りする男性や遊女屋の主人を蔑む意味合いで使われました。
彼らは、享楽的な生活を送りながらも、社会的な責任を軽視している存在とみなされました。
現代では、差別的な意味合いを含むため使用には注意が必要ですが、歴史的な文脈を理解した上で、正しく使いたいものです。