黒本(江戸時代)

賑やかで活気あふれる都市、江戸。娯楽が溢れ、人々は物語をスクリーンではなく、美しく描かれたページで楽しんでいました。
今回は、そんな江戸時代の庶民文化を彩った「黒本」の世界に迫ります。
黒本は、現代の漫画のルーツとも言える「草双紙」と呼ばれる絵入り冊子の一種です。
草双紙は、表紙の色や内容によって、赤本、黒本、青本、黄表紙などに分類されます。

黒本の定義と内容

黒本とは、江戸時代中期に赤本に次いで登場した草双紙の一種で、延享(1744~1748)頃から青本とともに流行しました。黒い表紙が特徴で、歌舞伎や浄瑠璃のあらすじ、英雄伝、戦記などを題材とした、絵を主体とする読み物です。 赤本よりも詳細な内容となっており、現代で言うところの青少年向け読み物に相当するでしょう。

一般的な黒本の体裁は5丁(10ページ)で構成され、作品によっては1、2冊で完結するものから、複数冊にわたるものまでありました。 ちなみに、黒本の表紙が黒いのは、染料の価格が関係しているようです。

黒本は、青本と内容や作者がほとんど同じであるため、現代では両者を区別しないのが一般的です。
このことから、当時の出版社や作者の間で、ある種の協力体制や情報共有があったのかもしれません。

興味深いのは、黒本には「見世物」 と呼ばれる、江戸時代に人気を博した見世物や興行の要素も含まれていたことです。これは、黒本の娯楽性をさらに高める要素となっていたと考えられます。

黒本の目的と流通

黒本は、主に娯楽を目的として作成されました。
当時の人々は、歌舞伎や浄瑠璃といった演劇や、英雄譚、戦記物などを楽しむために黒本を手に取ったと考えられます。
また、黒本は庶民の識字率向上にも貢献したと考えられます。
絵を主体とした分かりやすい内容で、当時の世相や文化を反映した物語は、人々の教養を高める役割も担っていたと言えるでしょう。

黒本の流通は、当時の出版流通システムに則って行われていました。
版元と呼ばれる出版社が、作者、筆耕、彫師、摺師といった職人たちと協力して黒本を制作し、地本問屋と呼ばれる取次業者を通じて書店に卸していました。
書店は、江戸の町々に数多く存在し、庶民は手軽に黒本を購入することができました。 また、現代の貸本屋のような形態で、草双紙を貸し出す店もあったようです。

注目すべきは、蔦屋重三郎のような有力な版元が、黒本の普及に大きな役割を果たしていたことです。
彼らは、優れた作者や絵師を発掘し、質の高い黒本を出版することで、江戸の出版文化を牽引しました。

当時の江戸の出版社は、商業出版では後発組でしたが、草双紙という独自の分野で進化を遂げました。
黒本は、その進化の過程で重要な役割を果たしたと言えるでしょう。
また、黒本は、当時の演劇とも密接な関係がありました。 黒本の中には、実際に上演された演目の内容を題材としたものもあり、一種の宣伝資料としての役割も担っていたと考えられます。

草双紙の進化

草双紙は、時代とともに変化を遂げていきました。
最初は子供向けの昔話や教訓話が多かったのですが、次第に大人向けの娯楽作品が登場し、内容もどんどん進化していきました。

  • 赤本: 子供向けに作られた、表紙が赤い草双紙。桃太郎のような昔話が代表的です。

赤本(江戸時代)

  • 黒本・青本: 赤本から発展し、大人向けの要素を取り入れた草双紙。恋愛や歌舞伎の物語、英雄伝などが描かれました。

青本(江戸時代)

  • 黄表紙: 江戸時代後期に登場した、より大人向けの草双紙。風刺や洒落を交えた世相描写が特徴です。

この進化は、江戸時代の識字率の向上や、人々の趣味・嗜好の変化を反映していると言えるでしょう。

黒本の種類と特徴

黒本は、草双紙の一種であり、草双紙は時代や表紙の色、内容によって、以下のように分類されます。

  • 赤本: 丹色(赤色)の表紙で、子供向けのお伽噺が中心。桃太郎や猿蟹合戦などが代表的です。
  • 黒本: 黒い表紙で、歴史物語、軍記物、浄瑠璃などを題材としたもの。 
  • 青本: 萌黄色の表紙で、黒本とほぼ同時期に登場し、内容も似ています。
  • 黄表紙: 江戸時代後期に登場した大人向けの草双紙。洒落や風刺を交えた世相描写が特徴です。 
  • 合巻: 草双紙を複数冊合わせて一巻とした長編作品。

黒本が社会に与えた影響

黒本は、江戸時代の庶民文化に大きな影響を与えました。
娯楽としての役割に加え、識字率向上や教養の普及にも貢献したと考えられます。また、歌舞伎や浄瑠璃などの演劇の普及にも一役買ったと言えるでしょう。

黒本は、当時のマスメディアとしての役割も担っていました。
人々は黒本を通して、様々な情報や物語に触れ、共通の話題や価値観を共有していました。
黒本は、現代の漫画や小説の原型とも言える存在であり、その影響は現代の文化にも及んでいると言えるでしょう。

結論

黒本は、江戸時代中期に隆盛を極めた草双紙の一種であり、絵を主体とした分かりやすい内容で、歌舞伎や浄瑠璃のあらすじ、英雄伝、戦記などを題材としていました。
青本と内容や作者がほとんど同じであるため、現代では両者を区別しないのが一般的です。
黒本は、当時の庶民文化に大きな影響を与え、娯楽、識字率向上、教養の普及に貢献しました。

黒本は、単なる娯楽作品ではなく、江戸時代の社会や文化を反映した貴重な資料でもあります。
黒本を通して、当時の価値観や生活様式、人々の関心事などを知ることができます。
また、黒本は、日本の物語文化の発展にも大きく貢献しました。絵と文章を組み合わせた表現手法は、後の漫画や小説にも受け継がれ、現代の日本のポップカルチャーにも大きな影響を与えています。

黒本は、江戸時代の人々の心を掴んだ、まさに時代の鏡と言えるでしょう。

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