青本(江戸時代)

「青本」とは、江戸時代中期に流行した草双紙の一種です。
草双紙とは、絵と文章を組み合わせた、現代でいう漫画の原型のようなものです。
青本は、その名の通り、萌黄色(もえぎいろ)の表紙が特徴でした 。
しかし、現存するものは経年劣化により黄色に変色していることが多いようです。

青本は、享保年間(1716~1736年)に流行した赤本の後、黒本とほぼ同時期に、延享(1744~1748年)頃から安永(1772~1781年)頃にかけて流行しました。
赤本が子供向けであったのに対し、青本はより大人向けの内容で、黒本とほぼ同じ読者層をターゲットとしていました 。
青本は、江戸時代の大衆文学において、よりシンプルな赤本と、より複雑な黄表紙の間の橋渡し役として重要な役割を果たしました。

歴史的背景

江戸時代中期は、経済が発展し、都市部を中心に庶民文化が花開いた時代でした。
識字率も向上し、娯楽のための本への需要が高まりました。このような背景のもと、草双紙は庶民の娯楽として広く普及しました 。

青本が登場した延享年間頃は、黒本が主流でしたが、後期になると青本のほうが多く出版されるようになりました。
これは、青本の内容が、黒本よりもさらに軽妙で、気軽に楽しめるものだったためと考えられます。
この黒本から青本への人気の移り変わりは、江戸時代の人々の趣味や余暇の過ごし方の変化を反映しており、より軽くて読みやすい内容のものが好まれるようになったことを示唆しています。

また、青本の登場には、中国の白話小説の影響も無視できません。
推理小説、怪奇小説、春画など、それまで日本にはなかったジャンルの中国大衆小説が流入し、その翻訳や翻案を通して、青本のような新しい文学形式が生まれたのです。

さらに、寺子屋の普及により、庶民の識字率が向上したことも、青本の普及を後押ししました。
読み書きができる人が増えたことで、本がより身近なものとなり、娯楽としての読書が盛んになったのです。

青本の出版と流通には、「地本問屋」と呼ばれる出版社が重要な役割を果たしました。
彼らは、草双紙の制作から販売までを一手に引き受け、全国各地に流通させることで、青本を庶民の手に届くようにしました。

宝暦年間(1751~1764年)頃からは、青本の中に黄表紙的な傾向が見られるようになり 、明和年間(1764~1772年)末には、黄表紙の作風や体裁へと移行していきました。これは、読者の嗜好の変化や、作者の創作意欲の高まりなどが影響したと考えられます。

青本の内容と特徴

青本は、主に歌舞伎や浄瑠璃のあらすじを絵入りで解説したものでした 。その他にも、歴史物語や武勇伝、お伽話、化け物話など、さまざまなジャンルの作品がありました。 

青本の特徴としては、以下のような点が挙げられます。

  • 絵を中心とした構成
    各ページの大部分が絵で占められ、その周囲にひらがなを中心とした短い文章が添えられています。
    典型的なページレイアウトとしては、見開き2ページを使って1つの場面を描くことが多く、人物の表情や動きを生き生きと描写することで、読者の視覚的な興味を引きつけ、物語の世界に引き込む工夫が凝らされていました。

  • 絵題簽
    表紙には、絵題簽(えだいせん)と呼ばれる、絵入りの題名札が貼られていました 。これは、現代の書籍の表紙カバーのような役割を果たし、本の内容を視覚的にアピールすることで、購買意欲を高める効果がありました。

  • わかりやすい内容
    難しい漢字や言い回しは少なく、絵が多いので、比較的理解しやすい内容でした。
    これは、当時の識字率がまだそれほど高くなかったことや、子供でも楽しめるようにという配慮があったと考えられます。
  • 娯楽性
    面白い話や勧善懲悪の物語が多く、人々を楽しませることを目的としていました。
    当時の庶民にとって、青本は日々の生活の疲れを癒し、心を豊かにする貴重な娯楽だったのです。

  • 中本型
    5丁(10ページ)を一冊とし、数冊から数十冊で一部を構成していました。
    これは、当時の印刷技術や流通の状況を反映したもので、少量ずつ出版することで、価格を抑え、より多くの人に読んでもらうことを可能にしました。 

青本の制作には、鳥居清経、富川吟雪(房信)、観水堂丈阿など、多くの絵師が関わっていました。
彼らの個性的な画風は、青本の魅力を高め、人気を博す一因となりました。
例えば、鳥居清経は、力強い線と鮮やかな色彩で、人物の躍動感を表現することに長けており、富川吟雪は、繊細な筆致で、女性の優美な姿を描き出すことに秀でていました。

具体例

具体的な青本の作品としては、以下のようなものがあります。

  • 風流邯鄲浮世栄花枕: 観水堂丈阿作。中国の古典小説「邯鄲」を題材にした作品。
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム
  • 風流仙人花聟: 作者不明。歌舞伎の演目を題材にした作品。

洒落本との関連

青本は、その娯楽性やユーモアを重視する作風から、遊郭を舞台とした洒落本(しゃれぼん)の登場にも影響を与えました。
洒落本は、遊郭での会話や風俗を題材に、粋なやり取りや洒落を楽しむいわば江戸時代の恋愛短編集のようなものです。
青本で培われた笑いのセンスや表現技法は、洒落本に受け継がれ、さらに現代の文学やエンターテイメントにも影響を与えていると言えるでしょう。 

現代社会への影響

青本は、江戸時代の庶民文化を代表する出版物の一つであり、現代の漫画や小説にも影響を与えていると考えられます。

  • 絵と文章を組み合わせた表現
    現代の漫画と同様に、絵と文章を効果的に組み合わせることで、読者の興味を引きつけ、物語をわかりやすく伝えています。
    例えば、コマ割りや吹き出し、擬音語や擬態語など、現代の漫画でよく使われる表現技法は、すでに青本の中にその萌芽を見ることができます。
  • 娯楽性の重視
    現代のエンターテイメント作品と同様に、人々を楽しませることを目的とした作品が多く、笑いや感動、スリルなどを提供しています。
    青本は、当時の庶民にとって、貴重な娯楽であり、ストレス解消や気分転換の手段として、重要な役割を果たしていました。
  • 大衆文化への貢献
    当時のベストセラーとして、庶民の娯楽や教養に貢献しました。
    現代でも、その内容や表現技法は、漫画やアニメーションなどの創作活動に影響を与え続けています。
    例えば、葛飾北斎の浮世絵や、手塚治虫の漫画など、日本の代表的な芸術作品にも、青本の影響を見ることができます。

  • 視覚的な物語表現
    青本は、絵を中心とした構成により、視覚的に物語を伝える手法を発展させました。
    これは、現代の漫画にも通じるものであり、特に、登場人物の表情や仕草、背景描写などを効果的に用いることで、読者の感情移入を促し、物語の世界観をより深く理解させることに成功しています。
    例えば、現代の少年漫画に見られるような、アクションシーンの迫力ある描写や、登場人物の心情を繊細に表現する手法は、青本で培われた視覚的な物語表現の技術が、現代の漫画表現に昇華されたものと言えるでしょう。

結論

青本は、江戸時代中期に流行した草双紙の一種で、萌黄色の表紙と絵を中心とした構成が特徴でした。
歌舞伎や浄瑠璃のあらすじをわかりやすく解説したものが多く、庶民の娯楽として広く親しまれました。
青本は、現代の漫画や小説にも通じる表現技法や娯楽性を持ち、江戸時代の文化を理解する上で重要な資料となっています。

青本は、単なる娯楽作品としてだけでなく、当時の社会状況や庶民の生活、文化を反映した貴重な資料でもあります。
その絵や文章を通して、当時の流行や風俗、人々の考え方などを知ることができます。
現代においても、青本は、漫画やアニメーションなどの創作活動に影響を与え続けており、日本の視覚文化の発展に大きく貢献したと言えるでしょう。

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