スプレッドビーバー

スプレッドビーバーは、hide with Spread Beaver(ヒデ ウィズ スプレッド ビーバー)の略称であり、X JAPANのギタリストとして、そしてソロアーティストとして1990年代の音楽シーンを駆け抜けたhideが率いたロックバンドです。
hide with Spread Beaverは、hide(Vo, G)、Kiyoshi(G)、K.A.Z.(G)、CHIROLYN(B)、JOE(Dr)、D.I.E.(Key)、I.N.A.(Computer, Percussion)という7人のメンバーで構成され、「7人の怪人たち」とも呼ばれていました。
彼らはhideのソロ活動において重要な役割を果たし、hideの音楽的ビジョンを具現化する上で欠かせない存在でした。

Spread Beaver 関連バンド

Spread Beaver は、hide with Spread Beaver の他に、JOEがドラマーを務める4人組ロックバンドMADBEAVERSも含まれます。

hide with Spread Beaver の結成と活動

hide with Spread Beaverは、1998年1月1日に始動が発表されました。
前年の1997年末にX JAPANが解散し、hideはソロ活動に専念することになりました。
hide with Spread Beaverとしての活動は、hideのソロ活動における新たな章の始まりであり、大きな期待が寄せられていました。

hideは、ソロ活動を通して、ハードロック、パンク、インダストリアルなど、様々なジャンルの要素を取り入れ、独自の音楽世界を構築していました。
hide with Spread Beaverでは、その音楽性をさらに押し進めより実験的なサウンドを追求しました。

1998年1月21日には、1stシングル「ROCKET DIVE」をリリースし、オリコン4位を獲得。
その後も「ピンク スパイダー」「ever free」と立て続けにシングルをリリースし、精力的に活動していました。
しかし、1998年5月2日、hideは不慮の事故により急逝。 hide with Spread Beaverとしての活動は、わずか4ヶ月で幕を閉じることになりました。 

hide with Spread Beaver appear!! “1998 TRIBAL Ja,Zoo” ツアー

hideの死後も、残されたメンバーはhideの意志を引き継ぎ、制作途中だったアルバム『Ja,Zoo』を完成させました。
そして、hideの音楽を世に届けたいという強い思いから、全国ツアー「hide with Spread Beaver appear!! “1998 TRIBAL Ja,Zoo”」を決行しました。
このツアーは、hideの映像とボーカル音源を駆使した、他に類を見ない革新的なスタイルで行われました。 当時のファンにとって、このツアーはhideの突然の死を受け入れるための心の支えとなり、hideの音楽とhide with Spread Beaverのメンバーが生み出すエネルギーは、多くのファンに感動と勇気を与えました。 

メンバー紹介

hide with Spread Beaverのメンバーは、それぞれ個性的な経歴を持つ実力派ミュージシャンたちでした。

メンバー パート 活動期間 出身地 備考
hide Vo, G 1998 神奈川県横須賀市 X JAPANのギタリスト、ソロアーティスト
Kiyoshi G 1998 元メディアユース
K.A.Z G 1998 OBLIVION DUST
CHIROLYN B 1998 元ステーション
JOE Dr 1998 元44MAGNUM
D.I.E. Key 1998
I.N.A. Computer, Percussion 1998

スプレッドビーバーの音楽性

hide with Spread Beaverの音楽性は、hideのソロ活動の特徴である、多彩な音楽性と実験的なサウンドをさらに押し進めたものでした。
ハードロック、パンク、インダストリアルなど、様々なジャンルの要素を取り入れ、hide独自の音楽世界を構築していました。
例えば、「ROCKET DIVE」は、パンクの要素を取り入れたアグレッシブな楽曲であり、「ピンク スパイダー」は、ダークな雰囲気とヘヴィなサウンドが特徴的な楽曲です。
また、「ever free」は、美しいメロディーと前向きな歌詞が印象的な楽曲です。
これらの楽曲は、hide with Spread Beaverの音楽性の幅広さを示す好例と言えるでしょう。 

スプレッドビーバーのライブ

hide with Spread Beaverのライブは、hideのカリスマ性と、メンバーの演奏力、そして視覚効果を駆使した演出が一体となった、非常にエネルギッシュなものでした。
hideの死後に行われた全国ツアー「hide with Spread Beaver appear!! “1998 TRIBAL Ja,Zoo”」では、hideの映像とボーカル音源を駆使し、観客を熱狂させました。
このような革新的なライブは、hideの遺志を尊重し、彼の音楽をファンに届けたいというメンバーの強い思いから生まれたものでした。

スプレッドビーバーのその後

hide with Spread Beaverは、2002年にもワンマンライブを行いましたが、K.A.Zが参加できなかったため、メンバー全員が揃ってのワンマンライブは、1998年以来実に25年ぶりのことでした。
2023年には、hideの命日に神奈川で25年ぶりのワンマンライブ「hide with Spread Beaver appear!! in YOKOHAMA」を開催し、大きな話題となりました。
このライブでは、スペシャルゲストとしてX JAPANのPATAも参加し、hide with Spread Beaverの楽曲を演奏しました。

また、1998年11月27日には、横浜アリーナにて、hide with Spread Beaverによるチャリティーライブ「hide Se’va[C-Aid]」が開催されました。
このライブは、hideの遺志を継ぎ、社会貢献活動を行うことを目的としたもので、収益金の一部は、AIDS予防財団に寄付されました。 

スプレッドビーバーのエピソード

hide with Spread Beaverには、様々なエピソードが残されています。

  • hideは、I.N.A.の才能に惚れ込み、1994年のソロツアーに誘いました。
    hideはI.N.A.に対し「君の才能を俺だけのために使ってほしいんだ」と語りかけ、共に音楽制作を行うようになったと言われています。

  • D.I.E.は、hideのソロツアーに1994年から参加しており、過去のツアー中に骨折した経験があります。
    「hide with Spread Beaver appear!! in YOKOHAMA」の初日公演では、足首を軽く捻挫するほどの激しいパフォーマンスを見せました。

  • 2023年の「hide with Spread Beaver appear!! in YOKOHAMA」では、ゲストボーカルとして木村世治が参加しました。
    ライブ前、hideは木村に対し「今日は泣いたり笑ったり忙しいと思いますが、皆さん一緒に楽しみましょう!」と声をかけ、ライブを盛り上げました。 

スプレッドビーバーの視覚的表現

スプレッドビーバーの視覚的表現は、hideの個性的なファッションやヘアスタイル、そしてライブでの派手な演出によって特徴付けられます。
hideは、奇抜な衣装や髪型を好み、ライブでは、照明や特殊効果を駆使した視覚的な演出を取り入れていました。
これらの要素は、スプレッドビーバーのイメージを形成する上で重要な役割を果たし、彼らの音楽と共に、多くのファンを魅了しました。 

結論

hide with Spread Beaverは、hideのソロ活動における重要なバンドであり、彼の音楽性をさらに進化させた存在でした。
hideの死後も、残されたメンバーはhideの意志を引き継ぎ、革新的なライブパフォーマンスやチャリティ活動などを通して、彼の音楽を世に広め続けています。
彼らの音楽は、今もなお多くのファンに愛され、hideのレガシーとして語り継がれています。

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