江戸時代の「改(あらため)」

江戸時代において、「改(あらため)」は、主に調査する、取り調べる、検査するといった意味合いで用いられていました。
現代の言葉で言い換えるならば、「検査」や「調査」、「改める」といった言葉が近いでしょう。

「改」は単独で用いられることは少なく、多くの場合、「~改め」という形で、様々な言葉と組み合わせて使われていました。

「改」の語源

「改」の語源を辿ると、興味深い事実が見えてきます。「改」という漢字は、己(キ)を音符とし、攴(ボク)を意符とする形声文字です 。攴は「打つ」という意味を持ち、己は糸を巻き取る器を象ったものと言われています。

古代中国においては、蛇の形をしたものを打つ呪儀によって、自分にかけられた呪詛を変改できると信じられていました。
この呪儀を表す字が「 」であり、「改」はこの異体字から生まれたと考えられています。

つまり、「改」の語源には、変化更新といった意味合いが込められているのです。

「改」の用例

「改」を使った言葉は、江戸時代の社会制度や政策と深く結びついており、様々な場面で用いられました。

社会制度における「改」

  • 宗門改(しゅうもんあらため)
    住民の信仰する宗教を調査する制度です。
    当初はキリシタンの摘発を目的としていましたが、後に戸籍調査としての役割も担うようになりました。
    幕府は寺請制度を通して、民衆をいずれかの仏教宗派に所属させ、その証明をもってキリシタンではないことを証明させました。
    これは、民衆の信仰を統制し、社会秩序を維持するための手段として用いられたのです。

  • 人別改(にんべつあらため)
    人口調査のことです 。年齢や家族構成などを調査し、人別帳を作成しました。
    当初は主に夫役(労働力)の把握を目的としていましたが、後に宗門改と統合され、戸籍や租税の管理など、より広範な用途に用いられるようになりました。
    これは、幕府の支配体制が強化され、民衆に対する統制が強まったことを反映しています。

  • 宗門人別改帳(しゅうもんにんべつあらためちょう)
    宗門改と人別改が統合された民衆調査のための台帳です 。戸籍原簿や租税台帳のような役割を果たしました。
    この帳面には、家族単位の氏名、年齢、続柄、檀那寺などが記載され 、個人の移動や社会的身分を厳格に管理するために利用されました。

宗教における「改」

  • 宗門改(しゅうもんあらため)
    上記の通り、住民の信仰する宗派を調査することで、キリスト教の禁制と寺請制度を維持するための重要な役割を果たしました。

経済における「改」

  • 改(あらため)
    両替屋において、手形を正金に換える際に、その真偽を調べて受け取ることです。
    これは、当時の経済活動において、手形が重要な役割を果たしていたこと、そして偽造や不正を防ぐ必要があったことを示しています。

その他の「改」

その他にも、「改」は様々な言葉と組み合わせて使われていました。

用語 説明
改悪(かいあく) 物事をより悪くすること
改悔(かいげ) 過去の行いを悔い改めること
改元(かいげん) 元号を改めること
改悟(かいご) 真理を悟ること
改心(かいしん) 考え方や行いを改めること
改新(かいしん) 制度や組織などを新しくすること
改正(かいせい) 法律や規則などを改めること
改姓(かいせい) 姓を変えること
切米手形改(きりまい てがた あらため) 米を換金する際に発行される手形の検査
悛改(しゅんかい) 悪い行いを悔い改めて善い行いをすること
真改(しんかい) 本当に心を改めること
全改(ぜんかい) 全く改めること
朝令暮改(ちょうれいぼかい) 朝に出した命令を夕方には改めること
鉄砲改(てっぽう あらため) 鉄砲の所有状況を調査すること

「改」に関連する制度や出来事

「改」に関連する制度や出来事として、宗門改キリスト教禁制、そして明治維新後の戸籍制度の導入が挙げられます。

江戸幕府は、キリスト教を禁制とし、その布教を防ぐために様々な政策を実施しました。
宗門改もその一つであり、住民に仏教寺院への所属を義務付け、キリシタンでないことを証明させる寺請制度と結びついていました。

宗門改は、当初キリシタンの摘発を目的としていましたが、次第に戸籍調査としての役割が強まり、江戸時代の社会秩序維持に役立ちました。しかし、その裏では、キリシタンに対する弾圧や、民衆の信仰の自由を制限する側面もありました。

また、「宗門人別改帳」は、江戸時代以前の調査制度から発展したものであり、小田原北条氏の「分国中人改」(年齢、性別を記載し、戦時動員や棟別銭賦課の基礎資料としたもの)や1591年に豊臣政権によって行われた「人掃令(ひとばらいれい)」などがその先駆けと言えるでしょう。

明治維新後、新たな戸籍制度が導入され、宗門改は1871年(明治4)に廃止されました。

「改」が使われなくなった理由と現代に残る影響

明治維新後、新たな戸籍制度が導入され、宗門改は1871年(明治4)に廃止されました 。これに伴い、「改」という言葉も、以前ほど使われなくなりました。

現代では、「改札(かいさつ)」や「改善(かいぜん)」、「改革(かいかく)」など、「改」を使った言葉は一部残っていますが、江戸時代のように「~改め」という形で広く使われることはなくなりました。

これは、社会制度の変化や、言葉の簡略化などが要因と考えられます。

「改」の衰退は、明治維新による社会の近代化と深く関わっています。
中央集権的な国家体制が確立し、西洋式の戸籍制度が導入されたことで、従来の「改」に基づく社会統制システムは必要性を失ったのです。

結論

江戸時代の「改」は、調査や取り調べを意味する言葉であり、様々な政策や制度に用いられていました。
特に宗門改は、キリシタンの摘発を目的として始まりましたが、後に戸籍調査としての役割も担い、江戸時代の社会秩序維持に貢献しました。

「改」は、江戸幕府が民衆を把握し、統治するための重要な手段として、様々な制度や政策に用いられていました。

明治維新後、社会制度の変化に伴い「改」は使われなくなりましたが、「改札」や「改善」など、現代でも一部の言葉にその名残を見ることができます。

「改」という言葉は、江戸時代における社会秩序、統制、監視といった概念を反映しており 、現代社会においても、個人情報やデータ収集、社会規範などを通して、これらの概念がどのように変化し、継承されているのかを考える上で重要な視点を提供しています。

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